【熊本地震】高市首相の訪問は、体育館ではなくエアコンが効いて全員に段ボールベッドがあてがわれている教室だった
▲画像出典:https://x.com
7月28日の最大震度7の熊本地震から6日目、8月3日に高市総理が上空視察と氷川町の避難所を51分間訪問した。準備された施設での滞在や演出を指摘する声が広がっている。エアコン未稼働の避難所が23カ所以上あり、断水も4万4千戸を超える中、総理の投稿では被災者の声に耳を傾けたと説明、避難の声が相次いでいる。一方、政府は激甚災害指定と200億円超の予備費使用を進め、ホテル二次避難や船舶支援を展開している。


2026年7月29日|田中隆作ジャーナルより
【被災地】総理が来たらクーラーが付いた
熊本市には3月末、国内初の長射程ミサイルが配備されている。費用は1770億円(熊本日日新聞)と莫大である。それに比べればわずかな予算があれば、被災した人々を灼熱地獄から救えるのだ。「ミサイルよりクーラーを」とX(ツイート)したら、クソリプが大量発生した。権力にとっても耳が痛いのだろう。2018年、水害にあった倉敷を慰問した安倍首相(当時)は、体育館のクーラー設置を自分の手柄のように吹聴していた。高市首相も真珠のネックレスを外し防災服に着替えて熊本に行くべきだ。突貫工事でクーラーが付くだろうから。
https://tanakaryusaku.jp/2026/07/00033777
出典:田中隆作ジャーナル|2026年8月3日
【熊本発】高市総理のイカサマ視察、暴露します

ドブ川に家屋が崩れ落ち、神社の鳥居はちぎれて落ちている…今回の震災でひときわ被害が大きかった八代市鏡地区。避難所にあてられていたのは鏡小学校体育館だった。
避難民はクーラーのない蒸し風呂のような体育館の堅い床の上で雑魚寝を強いられていたのだった。
田中の案内役を務めてくれたドライバー氏は、「高市首相の視察先はてっきり鏡小学校の体育館だろう」と思い込んでいた。少なくともけさ(3日朝)の時点までは。
ところが高市首相が視察することになったのは、隣町の氷川中学校だ。それも体育館ではなく教室だ。エアコンも効いていて、全員に段ボールベッドがあてがわれていた。
この時点で田中は視察がニセモノであることに気づいた。被災住民の実情なんて分からないのだから。

氷川中学校の校長室で高市首相は被災した地元住民数人と意見交換をした。この場面はNHKが伝えた。「被災者の話に耳を傾ける高市総理」という絵作りである。
意見交換を終えると高市首相は避難所にあてられている教室に向かった。被災者にとって涼しくて体も痛くない別天地だ。それも3分間だけ。「視察しましたよ」というアリバイ作りとしか思えなかった。
倉敷水害(2018年)の際もそうだったが、首相が来るとクーラーが付くようになる。前出の八代市鏡小学校の体育館もきょう行くとクーラーが付いていた。
ただ避難所は教室を充てている。今後、震災が起きた際、体育館のクーラーは役に立つことだろう。

阪神淡路大震災(1995年)、東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)、能登半島地震(2024年)、そしてまた熊本地震(2026年)。
国民は死ぬほど高い税金を払っていながら、30年間、人間らしい避難生活を送ってこられなかった。
きょう3日、高市首相が目にしたのは、被災地の現実ではない。
【熊本発】高市首相の避難所視察が3分間になった内輪の事情教えます
出典:田中隆作ジャーナル|2026年8月4日

罹災当事者や管理者が避難所と呼ぶのは、避難住民が体を横たえている体育館や教室のことである。氷川中学校の校長室等は避難所ではない。内閣広報官はここを間違えないようにして頂きたい。
当初の予定ではエアコンが効き段ボールベッドのある教室(これを罹災当事者や管理者は避難所と呼ぶ)で、(ヤラセも含めた)住民との意見交換会をやるはずだった。

ところが意見交換会は急きょ校長室で持たれることとなった。エアコンの効いた教室前で待機していた住民は、校長室に移動した。
マスコミのテレビカメラも入り「高市映え」で盛り上がった。時間超過となったため、肝心の避難所(クーラーの効いた教室)は一瞬だけの視察となってしまった。
高市首相は氷川中学校には40~50分間滞在したが、避難所にはわずか3分間、立ち寄っただけなのである。
~終わり~◇
車中泊の女性(70代)が熱中症で死亡したのは『人災』です。
死ぬほど高い税金を払っても人間らしい避難生活を送れない現実…自民党の棄民政治がなせる業でしょうか。
◇
地震という自然災害に続いて起きた『人災』を取材するために、田中は熊本まで足を延ばしました。
多額の交通費がかかっております。ご支援何とぞお願い申し上げます。
関連過去記事:再掲載
2018年7月17日
【倉敷・真備町発】安倍首相の「ヤラセ被災地訪問」、安倍首相訪問の前夜に付いたクーラー、マスコミは安倍首相の「やってる感」を忠実に広報した。
転載元:田中龍作ジャーナルさんより
安倍首相の「ヤラセ被災地訪問」
田中は記者クラブに見つからないように息を潜めた
2018年7月13日

=11日、倉敷市真備町 撮影:田中龍作=
住民やボランティアが復旧作業に懸命の汗を流す倉敷市真備町。避難所に充てられた岡田小学校体育館に着くと、「総理被災地訪問」のIDを首からブラ下げた内閣府の役人や警察関係者がウヨウヨいた。
体育館の中に入ると、ニヤニヤした顔で避難住民に話しかける安倍首相の姿があった。
マスコミがステージの上で鈴なりになっていた。マスコミとは記者クラブのことである。田中と助手の倉持は体育館の床を這うようにして取材を続けた。記者クラブに見つかると、当局にチクられて排除されるからだ。
「取材者と気づかれないようにして首相に近づき、住民との会話内容を聞いてくれ」と倉持に指示を出した。
田中はやや離れた場所から首相を撮影した。ファインダーの中には避難住民を労うフリをする安倍晋三がいた。目に全く温かみがない。災難にあえぐ住民の気持ちなんぞ気にも留めていないことを、その目は物語っていた。田中は数カット撮る度にカメラを隠した。
ステージ上に群がるマスコミを撮影するのは、最後にすることとした。マスコミにカメラを向けるのは、自分の居場所をマスコミに教えるようなものだからだ。

=11日、倉敷市真備町 撮影:田中龍作=
10分くらい経っただろうか。防災服を着た小太りの中年男がトコトコと近づいてきた。特徴のある頭髪と顔つきで佐伯耕三・首相秘書官であることが瞬時に分かった。衆院予算委員会(4月11日)で質問中の玉城雄一郎議員にヤジを飛ばしたことで一躍有名になった御仁だ。
佐伯秘書官は「メディアの方でしたらステージの方に行って下さい」と告げて来た。田中と倉持はとりあえず体育館から外に出ることにした。
ケガの功名とはこのことだった。体育館の玄関付近からステージの方を見ると、まるで映画のセットのような光景があった。安倍首相側は「慰問の絵」を作り、マスコミは官邸の意向に沿って撮影、報道していた。田中は映画のセットを写真におさめた。
やるべき仕事がまだあった。安倍首相への直撃インタビューだ。記者クラブは権力者の嫌がることを質問しない。
体育館の玄関で息を潜めて待った。吐く息、吸う息の音さえ気づかれたくなかった。見つかればまた排除されるからだ。倉持にカメラを持たせ、田中は地元住民を装った。
しばらくすると首相は玄関に出てきた。靴を履き終えたところで、田中は質問をぶつけた。内容は前稿に記した通りだ。
官邸は首相の「やってる感」を演出するために記者クラブを利用する。新聞・テレビ報道は忠実に応える。フリージャーナリストが権力の実態をあばくには、記者クラブの目を かい潜ら なければならなかった。

飼い主に似て住民なんぞ眼中にない風だった。=11日、倉敷市真備町 撮影:田中龍作=
転載元:田中龍作ジャーナルさんより
【倉敷・真備町発】安倍首相、被災地訪問
赤坂自民亭に避難住民「頭に来るなあ」
2018年7月11日

田中が初動の遅さと酒盛りを追及すると さらに ヘラヘラした。
=11日、倉敷市真備町 撮影:田中龍作=
気象庁が厳重な警戒を呼び掛ける豪雨の中の酒盛りから6日後のきょう11日。安倍首相は河川決壊により多数の死者を出した倉敷市真備町の避難所を訪問した。
住民300人が避難する岡田小学校体育館には、安倍首相の訪問が決まると突貫工事でクーラー10台が設置された。地元ジャーナリストによると、別の避難所で首相は「国がクーラーをつけた」と恩着せがましく語った、という。
岡田小学校体育館で首相は避難住民に声を掛けて回った。「大変ですね」「すぐに整備します」・・・首相の口を突くのは、ありきたりの言葉ばかりだった。
避難住民の多くは、安倍首相らが大雨警報の最中に酒盛りをしていたことを知らなかった。体育館にはテレビもインターネットもないからだ。スマホの電波状況もすこぶる悪い。田中から「酒盛り事件」を知らされた住民(70代男性)は「えっ!?」と驚き、「頭に来るなあ」と憤った。

田中と助手の倉持は体育館の玄関で安倍首相を待ち構えた。首相が靴をはいて去ろうとするところを直撃した。「初動が遅かったのではないですか? 酒盛りなんかしてる場合ではなかったのではないですか?」と。
首相はヘラヘラしながら「しっかり対応しています。ちゃんとやってますから、どうぞ御安心下さい」と開き直った。一向に悪びれていない。酒焼けの赤ら顔だった。森・加計で動かぬ証拠を突きつけられても嘘でかわす、いつもの鉄面皮が田中の目の前にあった。
ある避難者(70代・男性)は「行政がもっと早く動いていればねえ」としたうえで「麻生さん、安倍さん。あのレベルの人たちには何を言っても無駄」と諦めの表情で語った。
別の避難者(70代・男性)は「(5日に)警報が出たのは知っていたが、具体的な情報がないので逃げようという気にならなかった。家の前の道路が冠水しているのを見て、急いで避難した」と当時を振り返る。
官邸が対策本部を早くから立ち上げて自治体をせっつけば、もっと具体的な情報が出ていただろう。逃げ遅れによる死者は今より はるかに 少なかったはずだ。安倍首相による人災が被害を広げたことは確かである。

=11日、倉敷市真備町 撮影:田中龍作=
転載元:田中龍作ジャーナルさんより
【倉敷・真備町報告】これが安倍首相訪問の前夜に付いたクーラーだ
2018年7月14日

=11日、岡田小学校体育館・倉敷市真備町 撮影:田中龍作=
「安倍首相が来るので急きょ、取り付けられた」「いや、前から設置することになっていた。総理が訪問するからではない」。
西日本を襲った豪雨災害の避難所に付けられたクーラーをめぐる議論がSNSを賑わしている。前者は地元からの情報を得た市民が投稿した。後者は世耕弘成・経産相がツイッターで発信した。
どちらが真実であるかを決定づけるだけの証拠を持ち合わせていないので、見聞きしたことだけを、ここに報告する。
倉敷市真備町の避難所に充てられた岡田小学校体育館のクーラーが動き始めたのは10日、午後9時頃。安倍首相が訪れる前夜である。クーラーの設置工事が始まったのは、この日の朝だ。
首相の避難所訪問には岡山県知事と倉敷市長らが帯同した。倉敷市関係者によると、岡田小学校に先立って首相が訪れた第二福田小学校では、帯同者のいずれかが「安倍総理のおかげでクーラーが付いたんですよ」と避難者に説明したという。
「クーラーがあるのとないのでは、天国と地獄ほど差がある」。ある避難者は実感を込めて語った。クーラーが付くまで、避難所は蒸し風呂状態だった。
安倍首相は岡田小学校体育館に40分間余り滞在した。もしクーラーがなかったら、10分間も滞在できなかっただろう。

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地震という自然災害に続いて起きた『人災』を取材するために、田中は熊本まで足を延ばしました。
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